1.静かなる激突への招待
徳島市「渭水苑」。かつては純和風の佇まいで知られたこの舞台も、
今期は洋風レストランへと姿を変え、控室には椅子席が用意されています。
しかし、一歩対局室へ足を踏み入れれば、そこにあるのは
現代将棋界の頂点を争う藤井聡太王位と伊藤匠二冠による、研ぎ澄まされた真剣勝負の空気です。
第67期お~いお茶杯王位戦七番勝負第5局。
1日目から盤上に繰り広げられたのは、単なる駒のぶつかり合いではありません。
それは、AIを超えようとする極限の「研究」と、互いの心奥を読み合う「心理戦」が複雑に絡み合う、深淵なる物語でした。
午前のおやつ
| 藤井聡太王位の午前のおやつ | 伊藤匠二冠の午前のおやつ |
| 季節の練切 桔梗 アイスティー | 酢橘のレアチーズケーキ アイスストレートティー |
| 桔梗の花を美しく模した練切は、 しっとりとなめらかな舌触りで、 中の白餡が上品な甘みを広げます。 「かおる」も食べたい | すだちの清涼感にアイスストレートティーの華やかな紅茶の香りが心地よく重なり、 研ぎ澄まされた頭脳をリフレッシュさせる爽快な組み合わせです。 「かおる」も食べたい |
2.徹底して「右玉」で揺さぶる、伊藤二冠の「カットボール」戦法
本局の戦型は角換わり。
注目の序盤、後手の伊藤二冠が選択したのは「右玉」でした。今シリーズの第1局、第3局に続き、三度目となる採用です。
この伊藤二冠の意図を、立会人の中田功八段は野球に例えて鮮やかに表現しました。
「持久戦ですね。後手は(野球の)カットボールのような戦い方。これから後手の工夫に注目ですね」
野球のカットボールが打者の手元で微妙に変化し、芯を外して凡打を誘うように、
将棋の「右玉」もまた、王の重心を右側にずらすことで相手の真っ向からの攻めをいなす独特の構えです。
藤井王位の圧倒的な研究範囲を正面から受け止めるのではなく、
あえて「芯」を外した土俵に持ち込み、自らの工夫の余地を残して粘り強く戦い抜く。
同じ戦型を繰り返すという選択には、伊藤二冠の不退転の決意が滲んでいました。
ランチ
| 藤井聡太王位のランチ | 伊藤匠二冠のランチ |
| 渭水御膳、ほうじ茶 | 大鳴門鯛のアヒージョパスタ、ウーロン茶 |
| 彩り豊かな旬の味覚が詰まった「渭水御膳」は、 素材本来の旨味を引き出した繊細で奥深い味わいが広がります。 一品一品が丁寧に仕立てられた贅沢な膳を、 ほうじ茶の香ばしい香りとほっとする温もりが包み込み、 長時間の盤上に備えて心身を穏やかに整える最高の勝負飯です。 「かおる」も食べたい | 徳島が誇る「大鳴門鯛」の引き締まった身と旨味が、 ガーリックオイルの芳醇なコクと絶妙に絡み合う贅沢なパスタです。 オイルの重たさをウーロン茶の香ばしくすっきりとした味わいが心地よく洗い流し、 長時間の思考で疲れた頭脳にエネルギーを満たす力強い逸品です。 「かおる」も食べたい |
3.控室が凍りついた、藤井王位の「強烈な頭突き」▲8六歩
対局が動いたのは1日目の午後。
伊藤二冠が8筋にいた飛車を2筋へと展開した直後、藤井王位が放った一手が控室を震撼させました。
それが「▲8六歩」という、衝撃的な「強烈な頭突き」です。
通常、この歩の突き出しは相手に歩を持たせ、△8六歩▲同歩△8五歩という「継ぎ歩攻め」を許すリスクを伴います。
しかし、藤井王位の狙いはあまりに鋭いものでした。
後手の銀が守りの要である4二から6二へと移動した一瞬の隙を見逃さず、
あえて自分から歩をぶつけることで、相手の攻め筋を逆手に取ってとがめたのです。
モニターを見守っていた中田功八段と藤井奈々女流初段は、この一手を見るや否や、
椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いでモニターの前へと駆け込みました。
「これは指せない。すごい手を見ました」
中田八段がしきりに感嘆の声を漏らし、二人が口頭で激しい検討を始める中、
控室はプロの目から見ても「異常な一手」がもたらした熱狂に包まれました。
4. 予想を裏切る決断:封じ手前の「△6五歩」
藤井王位の「頭突き」の衝撃。
次に▲8四歩と垂らされれば形勢を損ねる恐れもある緊迫した局面で、誰もが伊藤二冠は時間を使い、
翌日の「封じ手」まで決断を持ち越すだろうと予想していました。
しかし、伊藤二冠は迷うことなく牙を剥き返します。
即座に放たれたのは「△6五歩」。
この手は単なる反撃ではありません。
▲6五同歩と取らせることで△同桂と跳ね、自玉が7三に逃げ込む「余地」を作るという、極めて緻密な防御策でもありました。
これには藤井奈々女流初段も驚きを隠せません。
「すごい。すごいなー。……受けて立つっていう手じゃないですか。すごいなー」
最善の防御は、逃げることではなく真っ向から対峙すること。
伊藤二冠の「カットボール」のような粘り強さが、攻撃的な決断へと昇華した瞬間でした。
