1. 崖っぷちの王者が名古屋で放った光芒

「あの藤井王将でも、負けることがあるのか?」――。

将棋界の全冠制覇を成し遂げた若き天才が、かつてない向かい風の中にいました。

第75期王将戦七番勝負。第5局を終えて藤井聡太王将は2勝3敗

あと一敗すればタイトルを失う「カド番」という、逃げ場のない極限状態。

第6局の舞台は、タイトル戦としては異例の「名古屋将棋対局場」。

普段は順位戦などが淡々と指されるこの場所が、この日は王者の進退を懸けた、刺すような緊迫感に包まれていました。

地元・愛知で失冠の危機を迎えるのか、あるいは踏みとどまるのか。

多くの観る将が期待と不安を抱きながら見守る中、歴史的一局の幕が開きました。

第75期王将戦第6局2日目

午前のおやつ

藤井聡太王将の午前のおやつ永瀬拓矢九段の午前のおやつ
煎茶とマスカルポーネのタルト
アイスティー
煎茶とマスカルポーネのタルト
コーヒー、紅茶
煎茶の持つ爽やかな渋みと奥行きのある香りが、
マスカルポーネチーズの濃厚かつ
軽やかなコクと完璧に調和しています。
「かおる」も食べたい
藤井王将と全く同じセレクト。
相手と同じリズムを刻みつつ、
自らの鋭さを研ぎ澄ませる「静かなる対峙」を感じさせます。
「かおる」も食べたい

2. 1時間21分の沈黙:永瀬九段を襲った「苦悩の時間」

2日目の午前11時半。

局面は藤井王将が放った△2三歩に対し、永瀬九段がどう応じるかという勝負どころを迎えました。

ここで永瀬九段の時計が、1時間21分という長大な沈黙を刻みます。

検討陣は「これで後手が戦えるというわけではない」と、すでに先手優勢(藤井王将優勢)を意識していました。

永瀬九段の超速攻は、藤井王将の正確な対応によって、その刃を鈍らされていたのです。

この81分間の長考は、単なる読みの確認ではありません。

自らの理想とする構想が、王者の精密な指し回しによって暗転していくことへの「苦悩の時間」だったと言えるでしょう。

形勢の針は、静かに、しかし決定的に藤井王将側へと傾き始めました。

ランチ

藤井聡太王将のランチ永瀬拓矢九段のランチ
スパイシーキーマカレー
ウーロン茶
麻婆豆腐天津セット(麻婆豆腐大盛り)
コーヒー、ウーロン茶、ペリエ
挽肉の旨味が凝縮された濃厚なルーに、
色鮮やかなスパイスが香る、食欲をそそる一皿。
「かおる」も食べたい
名古屋マリオットアソシアホテル「梨杏(りんか)」が誇る、
本格香辛料を駆使した「大人の辛口」
「かおる」も食べたい

3. 運命の分岐点:検討陣も凍りついた「△5五歩」という虎穴

午後に入り、永瀬九段はさらに激しい勝負手を繰り出します。

14時15分、盤上に突き出されたのは△5五歩。

当初、控室が予想していた△4六歩を上回り、4筋の香の利きをあえて止めずに突っかけるという、あまりにも大胆不敵な一手でした。

この手に対し、控室の検討陣からは驚きの声が漏れます。

屋敷伸之九段と勝又清和七段の間では、次のようなやり取りが交わされました。

勝又七段:「▲5五角と出られるけど大丈夫ですかね」 

屋敷九段:「大丈夫じゃない気がしてきました」

虎穴に入らずんば虎子を得ず」。

永瀬九段の覚悟が滲む博打的な勝負手でしたが、藤井王将はその「虎穴」を冷徹に見極めていました。

4. 封印を解かれた「壁角」と、最速の寄せ▲6六歩

終盤、藤井王将が魅せたのは、まさに「鬼」の指し回しでした。

その象徴が▲6六歩という一見地味な一手です。

これは相手の桂馬の働きを殺すだけの手に思えましたが、実はこの手が「最速の寄せ」への鍵となっていました。

それまで自陣の隅で動きを封じられ、「壁角(8八角)」として負担になっていた駒が、

この歩の一突きで一気に生命を吹き込まれたのです。

弱点だったはずの壁角が、一気に攻防の要へと変貌し、盤上を貫く。

藤井王将の計算し尽くされた寄せの前に、永瀬九段の粘りはついに力尽きました。

5. 歴史的瞬間:二日制タイトル戦で「初のフルセット」へ

18時3分、103手までで永瀬九段が投了。

藤井王将が見事に勝利を収め、シリーズ成績を3勝3敗のタイに戻しました。

この勝利には、将棋史に残る重い意味があります。

これまで圧倒的な強さでタイトルを総なめにしてきた藤井王将ですが、

二日制の七番勝負で第7局まで持ち込まれるのは、意外にも自身「初めて」の経験となるからです。

絶対王者がここまで追い詰められ、揺さぶられたシリーズがあったでしょうか。

終局後、藤井王将は決戦に向けて静かに語りました。

「(先後)どちらになるか分からないですけれど、精一杯頑張りたいと思います」

その言葉には、カド番を凌ぎきった安堵よりも、最終局という真の頂上決戦を見据える求道者のような闘志が宿っていました。