将棋界の頂点を決める第84期名人戦七番勝負。

藤井聡太名人が先勝して迎えた第2局の舞台は、本州最北端の地・青森県青森市でした。

1625年に弘前藩が港を開き、翌年から町づくりが始まってから400年。

その歴史的節目を祝うように、実に47年ぶりとなる同市での名人戦が「ホテル青森」で幕を開けました。

注目を集めたのは、挑戦者の糸谷哲郎九段です。

第1局時は八段でしたが、この第2局までの間に白星を重ね、九段へと昇段。

最高の勢いを持って青森の地へ乗り込んできました。

「定跡(セオリー)が通用しない」と恐れられる糸谷九段の独特なスタイルに対し、絶対王者・藤井名人はどう立ち向かったのか。

第84期名人戦第2局

衝撃1:あまりに「普通の手」で驚かせる、糸谷九段の勝負術

対局開始早々、盤上に独自の空気が流れました。序盤の6手目、後手番の糸谷九段が指したのが4二銀です。

この手は、将棋を覚えたての初心者であれば「壁(王様の逃げ道を塞ぐ形)になる」と指導者に叱られかねない、プロの公式戦でも極めて前例の少ない一手でした。

その狙いは、現代将棋の主流である「角換わり」を真っ向から拒絶すること。

あえて自陣に不自由な形を強いることで、藤井名人を未知の「力戦(りきせん)」へと引きずり込もうという、糸谷九段らしい野心的な挑発でした。

この一手に対し、解説の戸辺誠七段は次のようにコメントしています。

「糸谷九段が力戦を志向しました。面白いことを考えますね」

セオリーを捨て、己の直感と地力をぶつけ合う。これこそが、ファンが「糸谷ワールド」と呼ぶ、底知れない勝負術の幕開けでした。

衝撃2:序盤11手目、藤井名人が投じた「沈黙の40分」

糸谷九段が投げかけた最初の「問い」に対し、藤井名人は極めて重い決断で応えました。

10手目、糸谷九段が3三銀と上がって「飛車はどこへ行くのか?」と問いを立てた場面。

これに対し、藤井名人はまだ駒がぶつかる前の段階にもかかわらず、40分もの長考を費やして2五飛と引きました。

一見すると地味な一手ですが、ここにはAIが最善と示す構想を自らの読みで裏付ける、王者の執念が込められていました。

横歩を取られるリスクを回避しつつ、将来的に飛車をぶつけ合う「罠」をも見越した高度な判断。

立会人の行方尚史九段は、AIの精密さと人間特有の直感を融合させた藤井名人の姿勢を、こう表現しました。

「藤井名人はデジアナの超ハイブリッド

デジタル(AI)の解析力とアナログ(血の通った読み)のハイブリッド。

この40分の沈黙こそが、糸谷九段の描いた「未知の迷宮」を藤井名人が光速で踏破し、勝利への道筋を固定した瞬間だったと言えるでしょう。

衝撃3:一切の妥協を許さない「封じ手・5六歩」の強気

1日目の午後、戦局はさらに激しさを増します。

糸谷九段が△5二飛(26手目)と飛車を中央に振ると、控室の検討陣は「中飛車だ!」と色めき立ちました。

中央からの制圧を目論む糸谷九段の勝負手に対し、

藤井名人が夜の静寂の中で選んだ「封じ手」は、最も強気な5六歩(37手目)でした。

これは相手の攻めを真正面から受け止め、カウンターを狙う「一番強い手」。

自らの陣形を乱してでも相手の構想を粉砕しようとする、王者の覚悟が滲む一手でした。

2日目に入ると、藤井名人は駒を捨てる激しい手順を厭わず、一気に終盤戦へと突入します。

糸谷九段も粘り強く勝負手を放ちましたが、藤井名人は自陣に的確な受けを築き、一切の隙を与えませんでした。

相手の得意形を真っ向から受け止めた上で圧倒する、まさに「横綱相撲」の完勝劇でした。

連勝で示された「王者の貫禄」と、次局への展望

結果は、89手で藤井名人の勝利。

糸谷九段が仕掛けた「力戦」という荒波を、藤井名人は真正面から受け止め、最後は正確無比な指し回しで着地させました。

これでシリーズ成績は藤井名人の2勝0敗。

統計上、藤井名人の防衛確率は99%を超え、糸谷九段の逆転確率はわずか0.5%という極めて険しい「統計の山」が立ちはだかることとなりました。

しかし、敗れてなお独自の将棋観を貫く糸谷九段の闘志は消えていません。

5月に石川県七尾市「和倉温泉 日本の宿 のと楽」で行われる第3局。

追い詰められた「怪物」が、どのような逆襲の一手を用意してくるのか。

王者の防衛か、挑戦者の反撃か。名人戦の熱い季節は、まだ始まったばかりです。