第67期王位戦七番勝負は、第2局を終えて1勝1敗のタイ。

実力伯仲の藤井聡太王位と伊藤匠二冠による戦いは、ここから実質的な「五番勝負」として新たな幕を開けました。

第3局の舞台となったのは、北海道の名湯・登別温泉に佇む「登別グランドホテル」。

今シリーズの異質な点は、最高峰の戦いゆえに「先手有利」とされる通説を覆し、ここまで後手番が連勝していたという事実です。

先手の藤井王位が王者の牙城を守るのか、後手の伊藤二冠が研究の矛で突き崩すのか。

温泉街の霧を切り裂くような緊張感の中、対局は始まりました。

第67期王位戦第3局

1.開始30分で30手。超高速の「角換わり」と伊藤二冠の秘策

対局開始の号令からわずか30分後、記録係が読み上げた手数は「30手」。

タイトル戦の1日目とは思えぬ異例のスピードで、戦型は現代将棋の激流「角換わり」へと進みました。

伊藤二冠が選択したのは「右玉」という戦術。

これは玉を右側に囲い、相手の攻めをじっと待ち受ける構えです。

千日手をも辞さない、後手番としての高度な戦術的妥協と、そこからの鋭い反撃を狙う現代的な待機策といえます。

注目すべきは、第1局で採用した「△4二玉」ではなく、伊藤二冠が放った「△4四銀」という一手です。

藤井王位の先手番を攻略するために磨き上げられたこの「秘策」は、研究の深さを如実に物語っていました。

しかし、このスピード決着を目論む研究に対し、藤井王位は「時間」を惜しみなく投入することで対抗します。

2.藤井王位が選んだ「閻魔(えんま)ラーメン」の挑戦

2日間に及ぶ極限の思考戦。その合間の「勝負メシ」もまた、戦いの一部です。

1日目には両者とも、地元の名産である贅沢な「穴子のせいろ蒸し」を選び、盤上の熱を一時的に冷ましました。

しかし、2日目の藤井王位の選択が、観戦陣を騒然とさせました。

彼が注文したのは、登別の名所「地獄谷」にちなんだ「閻魔(えんま)ラーメン」。

和服という正装で、激辛の汁が跳ねるリスクを伴うメニューを選ぶ。

これは単なる嗜好ではなく、地獄の業火のごとき激戦の中、あえて刺激物を身体に取り入れることで自らを鼓舞する、彼の強靭な精神力の表れに見えてなりません。

和服を汚すリスクすら厭わないその姿勢は、勝負の最中における圧倒的な集中力と不敵さを象徴しているようでした。

3.伊藤二冠を54分沈黙させた、藤井王位の「▲6五桂」

対局の大きな転換点は、1日目の膨大な消費時間の差に隠されていました。

封じ手終了時点での消費時間は、藤井王位が5時間17分、伊藤二冠が2時間24分。

藤井王位は1日目に3時間近く多く時間を使い、伊藤二冠の研究を盤上で一から解体し、未知の領域へと引きずり戻したのです。

2日目、藤井王位が放った「▲6五桂」がその象徴でした。

研究家として鳴らす伊藤二冠が、この一手に54分もの沈黙を強いられました。

さらに藤井王位は、飛車金両取りとなる「▲7二角」を放ち、一気にペースを握ります。

この局面について、立会人の屋敷伸之九段はこう断言しました。

「伊藤二冠のほうが駒が少なく、忙しい。先手がよくなったと思います」

藤井王位が1日目に費やした「投資」が、2日目という戦場で見事な「果実」として回収された瞬間でした。

4.藤井聡太の真骨頂——「寄せ」ではなく「受け」で勝つ圧倒的な守備力

終盤、劣勢の伊藤二冠は、王様を敵陣へと逃げ込ませる「入玉」に勝機を見出そうと、泥沼の粘りを見せます。

しかし、ここからが「受け」を真骨頂とする藤井王位の独壇場でした。

藤井王位は派手な寄せを急ぎません。

相手が繰り出す攻め駒を一枚、また一枚と丁寧に掃除し、絶望という名の網を静かに絞っていきます。その「懐の深さ」は、まさに鉄壁。

最後の一撃となった「▲1七桂」は、相手を詰ませるためではなく、上部への退路を完璧に封鎖しつつ「詰めろ」をかけるという、冷徹かつ正確な一手でした。

相手の最後の希望さえも摘み取り、戦意を削いでいくその差し回し。

優勢になってからの盤石な守備力こそが、現在の藤井王位が到達した「負けない強さ」の正体なのです。