最高峰の心理戦「竜王戦」へようこそ
将棋のタイトル戦において、たった一枚の「歩」が千金以上の価値を持つ瞬間があるのをご存知ですか?
現代将棋の最高峰・第39期竜王戦七番勝負第2局では、緻密な戦略と一歩の補充が勝負を大きく分けました。

戦法選択の妙:角換わりに挑む右玉と堅陣穴熊
対局の舞台は静岡県三島市の三嶋大社。
先手の服部慎一郎七段は、第1局の力戦調から一転して、現代将棋の王道である「角換わり」を選択しました。
これに対し、後手の藤井聡太竜王が繰り出したのが「右玉」です。
一般的に将棋では玉を左側に囲いますが、右玉は玉を右側に配置し、柔軟に相手の攻めを受け流す戦法です。
藤井竜王自身「こちらのほうが玉が薄い形になりやすいが、その中でバランスを取れるかどうか」と語るように、高度なバランス感覚が求められます。
対する服部七段は、金銀4枚を惜しみなく結集させた非常に堅固な「穴熊」で対抗しました。
固さと威力を誇る「穴熊」と、柔軟性と受け幅の広い「右玉」。
盤上は早くも対照的な構想がぶつかり合う展開となったのです。
初日の緊迫と打開:長考の封じ手から△6五馬へ
1日目の午後は、互いに膨大な考慮時間を投入する息詰まる展開となりました。
後手の藤井竜王が△6五歩と仕掛けたのに対し、服部七段は▲2九飛から▲7九飛と飛車を回して7筋を狙う構想を見せます。
藤井竜王は1日目の最後、52分の大長考の末に62手目△4三玉を「封じ手」としました。
玉をあえて相手の攻めから遠ざける粘り強い手です。
2日目に入り、局面は膠着し「千日手」の可能性も囁かれました。
しかし午後3時過ぎ、藤井竜王は△6五馬と馬を引き込んで千日手模様を自主的に打開。
自陣の玉を安定させつつ、実戦的に楽しみのある勝負へと引きずり込んでいったのです。
「継ぎ歩攻め」と「一歩千金」の△1五歩
終盤戦、堅固な服部穴熊を崩すために藤井竜王が放ったのが、8筋への「継ぎ歩攻め(△8六歩▲同歩△8五歩)」でした。
歩を連続して叩きつけることで相手の陣形を乱し、急所を的確に捉える技術に、検討陣の八代弥八段も感嘆の声をあげました。
そして決定打となったのが、角銀交換を果たした直後に冷静に指された△1五歩という端歩の補充です。
藤井竜王は巧みな小駒遣いで穴熊の守りを解体し、132手で勝利。シリーズ開幕2連勝を果たしたのです。
最高峰の盤上ドラマが教える勝負の真髄
第39期竜王戦第2局は、大局観に基づいた緻密な構想と、終盤における確かな手筋の精度がいかに勝敗を分けるかを如実に示してくれました。
盤上のわずかな一歩の差が巨大な差へと広がっていく恐怖と美しさ——これこそが将棋の醍醐味なのです。
